|
ケンジの息はあがっていた。竹刀の中に詰め込んだ小石のせいだろう。しかし目の前のふざけた野郎に綺麗な一本を決めたところで、到底気が済むものではなかった。それよりキツイお仕置きを与えなければ。
確かに試合前に説明は受けた。誰かが急に休んで、応援に来ていた奴がピンチヒッターになったと。防具は持ってきていないから、ありあわせの道具で間に合わせると。
だが、それでも奴の姿は許し難い。明らかに剣道を愚弄している。野球部から借りてきたキャッチャーの面、相撲部から借りてきた化粧まわし、ウエディング研究会から借りてきた白い長手袋。それを平然と緑のジャージの上に身につけているのだ。
「てやぁー!」
振り回されるステンレス物干し竿の動きを見切ったケンジは、最後の勝負に出た。竿の先端についていた洗濯ばさみが、顔をかすめ弾け飛ぶ。
「もらったー!」
狙いは新婦用の白いグローブだった。長すぎる得物のせいで、奴の小手はがら空きだった。
「こてー!」
しかし振り下ろした竹刀は空を切った。敵は軽やかに宙を舞い、ケンジの背後に着地した。頭を覆っているレースのベールがゆっくりと落ちてくる。
「きさまー!」
すぐさま振り返ったケンジは、料理クラブが提供したという花柄のエプロンに向けて猛然と踏み込んだ。
「どおー!」
「つきー!」
ケンジはその瞬間、確かに奴の左手がエプロンのポケットをまさぐるのを見た。フリルに縁取られた半円形の袋から出てきた使用済みの割り箸が、自分の喉元に突き出されるのを。
「二刀流だったのかよ……」
薄れゆく意識の内でケンジは呟いた。悔しくとも、負けを認めざる得なかった。
「見た目に囚われてはならぬ、剣とは心なのだ」
間に合わせの防具を脱いだ奴は、高校生にしては老けていた。けれど言うことはもっともだし、脱いだエプロンを丁寧に折りたたむ真摯さにも好感が持てた。
「またいつか会おう。ケンジ殿」
霞む視界の中で、ケンジは“宮本武蔵”と名乗った奴の背中を見送った。捲れたジャージの裾から奔放にはみ出しているすね毛が、やけに印象的だった。
─── 了 ───
|