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最新のリニア駆動のものとは違い、垂直軌道の車輪を磁気浮上に置き換えただけのエレベータは、振動と騒音に若干の難点があった。だが今のアレクセイには、むしろそれが好ましく思えた。目を閉じたロイクは黙りこくり、狭いカゴの中は彼が発散する緊張感で満たされている。背中に感じる微かな揺らぎと、しだいに近づいてくる頭上のモータ音。そういった些細な現象に気を払うことは、この重苦しい雰囲気への有効な対処法となった。
しかしその効果も徐々に薄れ、ついに口を開きかけたとき、エレベータが唾を飲み込んだように一瞬揺れて止まった。ロイクの爪先が刻むせわしないリズムのおかげで、やたらと長く感じられた沈黙の一分間が終わり、八層もの分厚い防爆扉がするすると引き込まれていく。
そうしてあらわになった前方に、仰け反らせた背中の反動で機敏に身を起こしたアレクセイは、じっと目を凝らした。世界はまだそこにあり、カゴと同じくらいの小さなエレベータ・ホールの曇った窓越しに、それがかろうじて確認できた。出口付近で腕組みをしていたロイクはすでにエレベータから降り、紳士的に後ろ手で扉の端を押さえている。彼には別段の思いはないらしく、アレクセイがそのエスコートに従うと、張り詰めた表情を崩さずに手早くコートを羽織った。
「所長はこれからどこへ?」
外に繋がる回転ゲートを押しながらロイクがいった。それはアレクセイが訊こうと思っていたことの裏返しで、互いに答えを聞くまでもない社交事例のようなものだった。
「わからないな」
と即答して、アレクセイも邪魔な金属棒を身体で押しのけた。節度ある動きでそれが回り、次の腕木が所定の位置に収まると、支持カウンタから突き出たインジケータが点滅する0を示した。
「僕もです。もう行くところなんてありませんから」
ロイクが漏らした白く煙る呟きをきっかけに、二人は黙って歩き出した。カムフラージュの植林を縫うように走る擬石ブロックの狭い歩道を、縦に並んで進んでいく。その隊列の形は、後ろを歩くアレクセイには好都合といえた。まるで閉鎖されたリゾート施設のように見えるこの一面、ほとんどの構造は足下深くにあり、地表に出ている僅かな建造物も、ログハウスを模した丸太ふうのサイディングや、分厚い緑化壁面で覆われていて、その実体は注意深く隠されている。そんな景色のなか際だって目立つ物体の前を過ぎるときに決まって浮かべてしまう卑屈な笑いを、できればロイクに気づかれたくはなかった。
けれども、朝靄にかすむ常緑樹の森の中心部へと流れ込む川を渡る手前から、目を背けたくなるそれが否応なくアレクセイの視界に映り始めた。生暖かい人工のせせらぎが漂わす水蒸気の幕の向こうで、天を指すように右手を高々と挙げた男と、祈るように両手を胸の前で合わせた女が、誰の目を憚ることもなく立っている。寂れた感じを装う周囲と異なり、セラミックコーティングも艶やかな一対の石像は、かつてここが宗教じみた施設だったことを思い出させた。もちろん当時のアレクセイにとって、それは資金集めの隠れ蓑にすぎなかったわけだが、いくら蔑んでいようとも有力な出資者からの熱心な申し出を断る理由は見つからず、こうして自分と妻の姿を半永久的に残すことになってしまった。
その実物大だが、やけに美化されたオブジェを横目で睨んだアレクセイは、やはり苦笑いを禁じ得なかった。当然照れもあるが、それ以上にオルガのポーズが気に入らない。彼女は何かに祈り、縋りつくようなことは決してしなかった。最後の最後まで自分の力で解決しようとする人間だった。
そんな背後の感傷に関わり合いのないロイクは、作為が見え透く真っ白な物体には目もくれず、淡々と先に進んでいた。もしかしたら彼が振り返って意地悪な笑みを見せるのでは、と予期していたアレクセイは、その無関心さにほっとしながら、ポケットの中でリモコンキーをまさぐった。意図的に規則性を廃した木立の隙間から、ひび割れたアスファルトが見えてきた。砂利敷きの駐車場を拒否するロイクの赤い車が、そこにへばりつくように停まっていた。
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